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東京高等裁判所 平成2年(ラ)131号 決定

抗告人 株式会社 一平

右代表者清算人 堀井孝行

右代理人弁護士 鈴木俊二

主文

本件執行抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件執行抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、株式会社セプロに対する売却を不許可とする裁判を求める。」というのであり、抗告の理由は、別紙抗告の理由記載のとおりである。

二  記録によれば、静岡地方裁判所浜松支部昭和五九年(ケ)第一二八号不動産競売事件は、昭和五九年九月二六日競売開始決定がされ、申立物件(物件番号1ないし29)のうち、物件番号1ないし28の物件については昭和六三年六月までに売却手続が完了し、残る物件番号29の物件(以下「本件物件」という。)については平成元年一〇月二一日付で特別売却実施命令が発せられ、同年一二月二七日株式会社セプロが買受けの申出をし、平成二年一月二六日同社に対し売却許可決定がされたこと、抗告人は、右事件の債務者兼所有者(本件物件等を所有)で、右売却手続が進められていた間の昭和六〇年一二月、同支部にあて、事件の進行状況等について問い合わせる上申書(同月四日付)を提出し、その中で、「現在住所」として「磐田市東貝塚一一九八番地」と記載していたが、後に本件物件についてされた前記特別売却実施命令の通知(民事執行規則一七三条一項、五一条四項)は、抗告人の登記簿上の住所にあてて郵送され(後に転居先不明により返送)、上申書記載の前記住所には郵送されなかったこと、このため、本件物件については、抗告人が特別売却実施命令が発せられた旨の通知を受け取ることがないまま、特別売却が実施されたことが認められる。

ところで、売却手続に誤りがある場合に、売却不許可とされるのは、その誤りが重大な場合に限られるところ(民事執行法一八八条、七一条七号)、民事執行規則上、特別売却を実施する旨の命令が発せられたとき、裁判所書記官においてその旨を各債権者及び債務者に通知すべきものとされているのは、特別売却が事情により入札や競り売りに比べて売却価額が低額になることもありうることから、売却価額については利害関係を有する債権者及び債務者にその旨を通知して執行異議を申し立てる機会を与えるためであるから、債務者に対して右の通知が到達しなかったとしても、入札又は競り売りを実施したならばより高額に売却しえたという客観的な事情が存在しないかぎりは、競売手続の公正を害するものとはいえず、売却手続に重大な誤りありとして売却不許可とすることはできないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、記録によれば、本件物件は、昭和六〇年九月二四日最低売却価額が一八八三万九〇〇〇円と定められ、同年九月二四日付、昭和六一年六月九日付、同年一〇月二〇日付でそれぞれ期間入札による売却に付されたがいずれも買受けの申出がなく、昭和六二年五月二五日最低売却価額が一六九五万六〇〇〇円と変更され、同日付で期間入札による売却に付されたが買受けの申出がなく、昭和六三年一一月七日最低売却価額が一五一五万五〇〇〇円と変更され、同日付で期間入札による売却に、次いで平成元年一月二〇日付で特別売却による売却にそれぞれ付されたがいずれも買受けの申出がなく、平成元年七月二六日最低売却価額が一一二〇万七〇〇〇円と変更され、同年八月七日付で再び期間入札による売却に付されたが買受けの申出がなく、同年一〇月二一日付で付された特別売却において、ようやく同年一二月二七日株式会社セプロにより買受けの申出がされたことが認められる。

このように、本件物件が、たびかさなる期間入札による売却と、三回にわたる最低売却価額の変更を経て、二回目の特別売却においてようやく買受けの申出がされたということ、及び本件物件が借地上の建物であり、買受人に対抗しうる権原があるか否かは別として、現に第三者がこれに居住していたこと、また、本件物件の最低売却価額の決定及びその変更に格別不合理な点はないことなどの事実に照らせば、本件物件は、入札又は競り売りを実施したとしても、一一二〇万七〇〇〇円よりも高額に売却しえたものとはいえず、他に右売却を不当とするに足りる特段の事情を認めるに足りる資料もない。

してみれば、本件売却手続において、債務者である抗告人に対し、特別売却実施命令の通知が到達しなかったとしても、これをもって売却手続に重大な誤りがあったものとすることはできず、抗告人の本件抗告は理由がない。

三  よって、本件執行抗告を棄却することとし、抗告費用は抗告人の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 大坪丘 近藤壽邦)

〈以下省略〉

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